メレンゲ・バチャータ


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Fernando Villalona
(本名Ramón Fernando Villalona Évora、メレンゲ歌手、1955~)
1955年5月ドミニカ共和国の北西部の町モンテクリスティ生まれ。メレンゲ黄金時代の代表的歌手。貧困家庭出身のため、幼少期から歌い始めた。メレンゲの代表者であったWilfredo Vargasに見出されて、バラーダやボレーロのジャンルから始めてメレンゲやバチャータのジャンルで成功を博す。1981年に発表したアルバム「La Tuerca」から2011年に発表した「Mi Luz(私の光)」まで20枚のアルバムを発表し、その大半がヒットした。代表的な曲は「Tabaco y Ron(タバコとラム酒)」、「Celos(嫉妬)」「Te Amo Demasiado(君を愛しすぎて)」、「Donminicano Soy(俺はドミニカ人)」「Carnaval(カーニバル)」。


*Tabaco y Ron
*Celos
*Te Amo Demaciados
*Dominicano Soy



Raulín Rodriguez
(バチャータ歌手、1970~)
 1970年6月にドミニカ共和国北西部の町モンテクリスティ生まれのシンガーソングライター。バチャータ5人衆の筆頭。
幼年時代より音楽を志したものの、貧困のため進学できず、郷土の先輩であるアントニー・サントスのバック・ギター演奏で頭角を表わし、14歳の頃から歌手としてデビューし「El Cacique del Amargue(苦しさを伴う音楽のカシーケ)」と呼ばれるようになる。
1993年には最初のアルバムである『Una Mujer Como Tú(君のような女性)』、1994年に『Regresa Amor(愛の帰還)』、1995年に『Medicina de Amor(愛の薬)』、1996年に『El Amor da Vida(愛は命を与える)』、1997年に『Me la Pusieron Difícil(困難に直面)』と『Soledad(孤独)』、1998年に『Corazón,Corazón(心、心)』、1999年に『Sin Fortuna(不運にも)』、2001年に『Arrámcame la Vida(俺の生命を始動させろ)』、2002年に『Derroche de Amor(愛の浪費)』、2003年に『Dímelo(俺に言ってくれ)』、2004年に『Si No Te Tengo(君なしで)』(ヒット曲「君なしで」を所収)、2005年に『Piel Sin Alma(心なき肌)』、2006年に『A Dónde Iré Sin Tí(君なしでどこへ行く)』、2007年に『la Carretera(街道)』、2008年に『Parece Mentira(嘘のような)』、2010年に『Llámame(俺に電話して)』を制作。2014年に発表した『Esta Noche(今夜)』で「今年のバチャータ賞」を受賞。


*No Me Vuelvo a Enamorar
*Si No Te Tengo
*Se Me Salen las Lágrimas



Olga Tañón(メレンゲ歌手、1967~)
1967年、プエルトリコの州都サンフアン市のレビットタウン(Levittown)地区に中間層の家庭に4人兄弟の末っ子として生まれた。オルガは幼いころから音楽の才能と歌への愛情を見せ、プエルトリコの音楽だけでなくドミニカ音楽のようなほかの地域の音楽も歌うようになった。彼女は舞台表現のための能力を生まれ持っていた。オルガはジョニト・バタンクール(Yonito Betancourt)のダンスのレッスンを受け、彼の死後、若手アーティストのグループに加わった。そして80年代にラス・ネナス・デ・リンゴ・イ・ジョシー(Las Nenas de Ringo y Jossie)というグループを結成し、オルガはそこで歌手としての初めの成功を得た。さらに、女性だけで構成されたグループであるチャンテジェ(Chantelle)の一員となりました。そして1992年にソロデビューを果たした。ソロとしてのデビュー・アルバムである『Sola(女ひとりで)』を大ヒットさせ、さらに翌年にリリースされた『Mujer de Fuego(炎の女)』も大ヒット。その成功から、「Mujer de Fuego(炎の女)」は彼女の代名詞となった。1992年の『Sola(女ひとりで)』以降、2011年の『Ni Una Lágrima Más(もう一滴の涙も)』まで、21枚のアルバムをリリースし、現在までに2回のグラミー賞、3回のラテングラミー賞を受賞している。


*Bandelero
*Mentiroso
*Mujer de Fuego



Juan Luis Guerra(バチャータ歌手、1957~)
 典型的な洗練された都市型のバチャータ歌手。ゲーラは、1957年6月にサント・ドミンゴの中間層の家庭に生まれ、高校卒業後は国立サント・ドミンゴ自治大学哲学・文学部に進学したが、在学中に音楽家に転じ、作曲家としての勉強を米国ボストンの音楽学校で学んだ。帰国後はテレビ・コマーシャルの挿入音楽を作曲し始め、1984年には友人たちと音楽グループ「4.40(クアトロ・クアレンタ)」を結成し、音楽活動を本格化させ始めた。1987年には「Ojalá Que Llueva Café(コーヒーの雨よ降れ)」がヒットして農民賛歌として好評を博した。ゲーラと彼のグループ「クアトロ・クアレンタ」の名を世界的に高めたのは、1991年に発表され500万枚売ったと言われ、メレンゲ・バチャータ界発のグラミー賞を受賞した曲「バチャータ・ロサ」である。「Bachata Rosa(バチャータ・ロサ)」のブレークによって、ドミニカ国内の若者がロックからメレンゲやバチャータに転向したり、メレンゲが広く世界に知られることになった記念碑的な曲となった。


*Bachata Rosa



Johnny Ventura(メレンゲ歌手、1940~)
 1940年3月8日にドミニカ共和国のサント・ドミンゴに生まれる。本名はJuan de Díos Ventura Soriano。1961年、Donald Wildのパーカッション・グループに参加、1962年にはLuis PérezのCombo Caribeに移り、同グループとともにLP第1作を発表。1963年にはSúper Orquesta San Joséに移籍してギーロ奏者兼ボーカルとなる。1964年にキューバ人Ângel Guineaの援助でEl Combo Show を結成。現在までにアルバム105枚を発表している。
 職業的には、ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴにあるTercer Edad大学で国際法を学習して弁護士資格を有す。政治的には45年間ドミニカ革命党(PRD)の党員であり、1998年から2002年までサント・ドミンゴ選出の国会議員。

Merenguero Hasta la Tambora



Milly Quesada(1952~)
 1952年5月21日、ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴのビジャ・フランシスカ地区に生まれる。シバオ出身の両親と兄弟4人の全員が音楽家。サロメ・ウレーニャ女子学院に学び、その後家族とともにニューヨークに渡り、同市のシティ・カレッジ大学でコミュニケーションを学ぶ。1975年に姉妹とともにグループ「ミリー、ジョセリンと隣人たち」を結成。メレンゲの女性的解釈を前面に出す曲風をつくる。1995年に夫Rafael Vásquezが作曲した『En Tus Manos』を発表。夫の死後、一時期迷走したが、Pedro Núñez del Riscoと再婚してから1997年にソロ歌手として『Hasta Siempre』を発表して再出発。このアルバムには、「Porque Me Amaste」「Quizá」「Lo Tengo Todo」等の名曲が収録されている。このアルバムを通じて海外公演も増加。
 1998年にはElvia Crespoとデュエットを組んだ曲「Para Darte Mi Vida」を発表。2000年にアルバム『Tespros de Mi Tierra』、2002年に『Pienso Así』、2008年に『Sólo Faltas Tú』、2011年に『Aquí Estoy Yo』を発表した。

Porque Me Amaste
Quizás
Le Tengo Todo
Hasta Siempre



Anthony Santos(バチャータ歌手、1967~)
 1967年5月5日にドミニカ共和国のモンテクリスティ生まれ。本名はDomingo Antonio Santos Muñoz。El Mayimbe de la Bachataの名で知られる。1989年にLuis Vargasグループのギーロ奏者として活動を開始したが、その後Vargasとは決裂して独立。1987年にBlas DuránがBachataに電子ギターを導入した影響を受けて、1991年に『Voy Pa’Lla』でバチャタの第一人者としてプレーク。恋愛と失恋をテーマとしたロマンティックな曲風で知られるようになる。
 1991年に『La Chupadera』を発表し、以後『La Batalla』(1992)、『Corazón Bonito』(1993)、『Cojelo Ahí』(1994)、『El Mayimbre y Nada Más』(1995)、『Sabor Latino』(1996)、『Como Te Voy a Dejar』(1997)、『Me Muero de Amor』(1998)、『Enamorado』(1999)、『El Balazo』(2001)、『Juego de Amor』(2002)、『Sin Tí』(2003)、『Vuelve Amor』2004()、『Lloro』(2005)、『Ay Ven』(2006)、『Siempre Romántico』(2006)、『No Nos Vamos a Olvidar』(2007)、『Me Van a Matar por las Mujeres』(2007)、『Muchos Cambios en el Mundo』(2008)、『Vete』(2008)、『Un Muerto Vivo』(2009)を発表している。

Voy Pa’Lla
Loco Loco
Me Quiera la Otra
Creíste



Elvis Crespo Días(メレンゲ歌手、1969~)
 1969年7月30日、プエルト・リコのグアイナボ生まれ。6歳の時に母親とともにニューヨークに渡り、クィーズ地区で幼年期を過ごす。その後、グアイナボに戻る。17歳の時にElvistecオーケストラに参加し、その後メレンゲ・グループのToño Rosarioに参加。プエルト・リコのメトロポリタン大学に進み経営学を勉強したが、クァルテットのGrupomaníaにボーカルとして参加。その後、芸術活動を本格化し、1998年にソロ歌手としてデビュー作『Suavemente』が大ヒット、メレンゲのトップスターに駆け上がり、1999年にグラミー賞を受賞した。同年に発表された次作『Píntame』でその地位を不動のものにした。その後、欧州諸国で活躍した後、ドミニカ共和国に移りプエルト・リコ生まれのメレンゲ歌手として活躍。

Suavemente
Píntame
Me gusta, Me gusta



Toño Rosario(1955年~)
1955年11月3日、ドミニカ共和国東部のHiguey生まれ。本名はMáximo Antonio del Rosario。別名El Cucoとも呼ばれる。幼児期から家族とともに歌い始め、1978年に、その後1980年代に全国的にメレンゲ・バンドとして知られたLos Hermanos Rosarioを結成。1983年にリーダーのPepeが死亡した後、Rafaとともにバンドを継承した。同年デビュー・アルバム『Y Más.....』を発表、その後2012年に制作された『Mis Favoritas』まで33枚のアルバムを発表している。

Que Se Sepa
Me Olvidé de Vivir
El Reloj
Un Día a La Semana
La Gozadera



Los Hermanos Rosario(1978年結成)
 1978年5月1日にドミニカ共和国東部のLeón de HigüeyにおいてVilla Salva Rosario家の7人兄弟によって結成される。デビュー・シングルは「María Guayando」を発表し、1980年には首都サント・ドミンゴに転住し、「Las Locas」、「Vengo Acabando」、「Bonifacio」、「El Lápiz」などのヒット曲を連発。1983年にリーダーのPepeが死亡して、活動停止状態となる。1987年にシングル「Borrón y Cuenta Nueva」、「Adolescente」、「La Luna Coqueta」を収録したアルバム『Acabando』を発表。1988年にアルバム『Otra Vez!』、1990年に『Fuera de Serie』、1991年に『Insuperables』、1993年に『Los Mundialmente Sabroso』と『14 Éxitos Impresionantes』、1994年に『Juntos Con Sus Éxitos 』、1995年に『Los Dueños del Swing』、1997年に『Y Es Fácil』、1998年に『La Historia Musical Rosario』、1999年に『Bomba 2000』、2002年に『Swing a Domicilio』、2007年に『Aura』と『La Bomba』を制作。

Borron Y Cuenta Nueva
Las Locas
Vengo Acabando
Adolescente
La Luna Coqueta
Amor Amor
La Dueña de Swing



Wilfredo Vargas(1949年~)
 1949年4月24日、ドミニカ共和国のAltamira生まれ。本名は Wilfredo Radharrés Vargas Martínez。両親ともに音楽家の家庭に生まれる。10歳の頃より地元の音楽アカデミーで学んだ。音楽活動開始後、自分の楽団である「Wilfreso Vargas y Sus Beduinos」を結成し、1972年に最初のアルバムを制作、またサルサ・バンドであるFania All-Starsのメンバーも兼任して、1979年にはハバナで開催されたフェスティバルに歌手として参加。1980年代には「El Barbarazo」、「La Medicina」、「El Loco y La Luna」などのヒット曲を連発。1989年には映画『Que Viva El Merenge y La Lambada』に出演。
 1991年にはアルバム『Animación』でグラミー賞のラテン・トロピカル最優秀賞を受賞。1993年にはドミニカ共和国から叙勲。
 2003年にはドミニカ映画『Éxito Por Intercambio』に出演。2010年にはメレンゲの伝統的リズムを廃した新しい曲風の「Que Te Vaya Bien」を制作。同年よりコロンビアに在住。

El Africano
Abusadora
Comején
A Mover La Colita
El Baile del Perrito
Volveré
Que te Vaya Bien



Rikarena(1993年結成)
 1993年にメレンゲ・ミュージッシャンのKnito Méndezが結成。1994年にアルバム『¡Sacúdelo Que Tiene Arenal!』を発表、その中の「Merenge Riko」、「¡Ay!」、「Te Dejé de Querer」、「Nunca Te Mentí」がヒット。1995年にアルバム『Más Rica Que Nunca』を発表、シングルの「Te Voy A Hacer Falta」、「Cutibili Pacha」、「El Tazo」がヒット。 1997年にアルバム『Sin Medir Distancia』を制作、1998年には『…Con To』を、2000年に『Con Arena Nueva』を、2004年に『Pa‘Rato』を発表。2012年にはシングル「Caballito」を制作。1998年以後はドミニカ共和国におけるよりも、コロンビアとパナマに活動拠点を移している。

Merenge Rico
Nunca Te Mentí
Te Voy A Hacer Falta
No Puedo Olvidarla



Sergio Vargas(1960年~)
 1960年3月15日、ドミニカ共和国のVilla Altagracia生まれ。本名はSergio Pascual Vargas Parra。1980~90年代の「メレンゲの黄金時代」に大衆的人気を博す。兄弟のKaki とJohnnyもメレンゲ・ミュージシャン。2006~2010年にはドミニカ解放党(PLD)の下院議員。
 1980年に「El Negrito de Villa」でデビュー。1982年にはDionis Fernánezの楽団のメンバーとなる。その間に「Los Diseñadores」、「Ritmo de la Noche」、「Un Hombre y Una Mujer」などのヒット曲を連発。その後、他の楽団であり、Fernando VillalonaやRaulín Rosendoがリーダーであった時期もある「Los Hijos del Rey」に移り、 ボーカル・リーダーとして活躍。ファンクラブはプエルトリコ、ベネズエラ、米国に拡大した。
 1986年にシングルの「La Quiero A Morir」を収録したソロ・アルバム『La Quiero a Morir』を発表。1987年にはLos Hijos del Reyとともにアルバム『La Tierra Tembló』を制作。その後、ヒット曲「Ciclón」、「Marola」、「A Otro lado del Sol」、「Bamboleo」、「Esta Casa Humilde」、「Días de Junio」、「 Patria Negra」を発表。

Éxitos
Los Diseñadores
Ritmo de la Noche
La Quiero A Morir
Ciclón
Esta Casa Humilde



Héctor Acosta(1967年~)
1967年5月23日、ドミニカ共和国のBonaoのLos Arroces生まれ。1982年に地方ラジオ曲が行ったコンクールで優勝し、地元アマチュア音楽グループのLa Renovación Quisqueyanaに参加。その後、Los Gentilesに参加。1987年、Bonaoで行われたLos Hermanos RosarioのコンサートでGerardo Díazに認められ、結成を進めていたLos Toros Bandへの参加を勧められる。
 1990年にLos Toros Bandに加入、アルバム『¡Se Soltaron!』が大ヒット。1991年5月にLos Torosのボーカルとして正式に登場、その後15年間その地位を保つ。その間に、「A Pasito Lento」、「La Chiflera」、「Quizás Sí, Quizás No」、「Enamorado」、「El Mujerón」、「Llegó Tu Marido 」、「la Nena de Jean」、「La Mujeres lo Bailan Bien」、「Esa Morenita」、「Loca Conmigo」、「Si Tú Estubieras」、「Perdóname」等のヒット曲を連発。 2005年にLos Toros Band から著作権をめぐる法的紛争が原因で離脱。
 2006年3月、自分の楽団Héctor Acosta & Su Orquestraを結成。サントドミンゴのディスコ「Jet Set」デビュー公演。同年10月にデビュー・ソロ・アルバム『Sigo Soy Yo』を発表し大ヒット。うちシングル「Lo Que Tiene Ella」、「Me Voy」、「¿Cómo Me Curo?」もヒット。

Si Tu Estuvieras
Tu Veneno
Me Voy



Los Ilegales(1995年結成)
 1995年にVladimir Dotelを中心に結成されたメレンゲ・バンド。現在はヒップ・ホップ、ラテン・ポップス、バラーダにもジャンルを拡大。アルバム13枚を発表している。当初は、Vladimir Dotel、Álvaro Guzmán、Anthony Cruz、Jason Gonzálezの4名によって結成された。ヒット曲は「La Morena」、「Fiesta Caliente」。1997年にシングル「Sueño Contigo」、「Rebotando」、「El Taqui Taqui」、「Como Un Trueco」を収録した2枚目のアルバム『Rebotando』を発表。その直前にÁlvaro Guzmánが離脱し、Rafael Riveraが加入。1998年1月にJasonが交通事故で死亡。
 1998年にシングル「Enamorao」、「Baila」、「Solo Tu」、「Dame de Eso」を収録した3枚目のアルバム『En la Mira』を発表。1999年に4枚目の『Live』、2000年にシングル「Una Copa de Licor」、「Chocolate」、「Tu Recuerdo」、「Yo Quiero Una Nena」、「El Termómetro」を収録した5枚目のアルバム『On Time』を、さらに『Marca Registrada』を制作。2004年に7枚目の『In The Room』を発表。2006年にシングル「La Monta Buena」、「Me Tines」、「Te Necesito」、「La Otra」を含む8枚目の「La República」を、2009年に『Hecho en el Patio』、2011年に『Celebración』、2013年に『El Sonido』を発表した。

La Morena
Sueño Contigo
Baila
La Otra



Zacarías Ferreira
 ドミニカ共和国のシバオ地方のTamboril県生まれ。バチャータ歌手。青年期にサントドミンゴに転住し国立音楽学校に進学。1998年にデビュー・アルバム『Me Liberé』を発表し、そのシングル「Me Liberé」がヒット。2000年にアルバム『El Triste』を制作。2001年に『Adiós』、2002年に『Novia Mía』、2004年に『El Amor Vencerá』、2005年に『Quiéreme』、2006年に『Éxitos』と『La Historia de la Voz de la Ternura』。
2007年に『Dime Qué Faltó』、2009年に『Te Dejo Libre』、2010年に『Lo Mejor de lo Mejor』、2011年に『Tú y Nadie Más』、2012年に『Mi Dulzura』、2014年に『Me Gusta Todo de Tí』を発表。

Me Liberá
Dame Tu Amor
Se Marchó el Amor
El Triste



Romero Santos(1981年~)
 1981年7月21日、ニューヨークのブロンクス生まれ。父親がドミニカ系で母親がプエルトリコ系の両親の間に生まれる。本名はAnthony Santos。12歳の時に教会のコーラス隊に入ったが、15歳の頃からバチャータに関心を持つ。1994年に従兄弟や友人とバンドLos Tinellersを結成、1995年にシングル「Trampas de Amor」を制作。1999年にLos TinellersはAventuraに改称、「Generation Next」を制作。
2009年、オバマ大統領のために歌うためホワイトハウスに招かれる。2011年4月にAventuraから離脱し、シングル「You」を収録したアルバム『Fórmula』を制作、「You」が大ヒット。他のシングル「Promise」もヒット。2014年2月にアルバム『Fórmula Vol.2』を発表。Thalía(”No,no,no”)、 Wisin & Yandel(”Noche de Sexo”)、 Héctor Acosta(”Me Voy”)、 Anthony Santos(”Mátame”)も作曲。

Odio
You
Promise



Aventura(1994年結成)
 1994年にニューヨークのブロンクスでAnthony”Romeo”Santos、Lenny Santos、Max Santos、Henry Santosの4名が結成したバチャータ・バンド。1999年にAventuraはドミニカ的なバチャータの伝統的図式を打ち破るために公式デビュー、ヒップ・ホップやR&Bとの融合も図る。2002年に「Obsesión」がヒット。2003年に「Love & Hate」、2005年に「God’s Project」、2006年に「K.O.B.Live」、2009年に「The Last」を発表。
その後、LennyとMaxが別グループを結成、2011年4月にAnthonyとHenryがソロ活動開始。

Trampa de Amor
Obsesión
El Malo



Monchy & Alexandra(2000年頃結成)
 2000年頃にドミニカ共和国のLa Romana生まれのMonchy(Ramón Rijo)とAlexandra(Alexandra Cabrera de la Cruz)がバチャータのデュエットとして結成。2001年に「Hoja en Blanco」、2003年に「Dos Locos」、2006年にAlexandraはLos IlegalesのVladimir Dotelに招かれて「Yo No Soy La Otra」を制作。2008年8~9月にコンビ解消。

Hoja en Blanco
Dos Locos
La Otra



Xtreme(2003年結成)
 2003年にDanny Mejía(1985年7月23日ニューヨーク生まれ。ドミニカ系)が結成、2004年にSteven Tejada(1985年11月25日ニューヨーク生まれ。ドミニカ系)が合流。バチャータとR&Bを融合。Aventuraに近い曲風。
2003年に「Te Extraño」を収録したアルバム『We Got Next!』を、2004年に2枚目のアルバム『Xtreme』を制作。2006年に『Haciendo Historia』を発表、収録されたシングル「Shorty Shorty」がヒット。

Shorty Shorty
Through That Window (Enamorado Estoy)
Adonde Se Fue



Toby Love(1985年~)
 1985年3月20日、ニューヨークのブロンクス生まれ。ドミニカ系。バチャータ系のアベントゥーラ・グループで6年間ボーカルとして所属。その後、”Tony CJ”ことAnthony Lopezを作曲家とするScarlito Enterteimentに参加し、バチャータの青年層への普及に努める。バチャータとR&Bの融合を目指す。2006年にアルバム『Toby Love』を制作。

Tengo Un Amor
Casi Casi
Morir Amando
Momma’s Song
Amores Como El Tuyo



ドミニカ共和国のヌエバ・フォルマ


Víctor Víctor(1948年~)
 1948年12月11日、ドミニカ共和国のSantiago de los Caballeros生まれ。1970年代初めにパーカーション奏者としてWilfredo Vargasの楽団に加入。1972年にシングル「El Camino de los Amantes」を制作。Sonia SilvestreとともにNueva Canción運動である「Nueva Forma」を結成、1974年に開催された「Siete Días con el Pueblo 」に参加。2007年に社会的傾向の強いアルバム『Verde y Negro』を制作。

Mesita De Noche
Tu Corazón
Te Busco
Solo Bachata



Luis Días(1952~2009)
 1952年6月21日、ドミニカ共和国のBonao生まれ。本名はLuis Días Portorreal。種々の音楽要素を攻撃的に混交するサウンドからEl Terrorの名で知られる。また、ドミニカ・ロックの祖ともされる。父親は楽器トレスの演奏家であったため、Luisも幼い頃から音楽に親しむ。16歳の時に郷里Bonaoでロックン・ロール・バンドLos Chonnys結成。1970年にサント・ドミンゴに転居。1972年、島の各地の音楽の収集をしていたバンドで、Dagoberto Tejeda Marina Guzmán、José Enrique Trinidad、 José RodríguezがメンバーであったConviteに加入。Conviteは、1974年に開催されたNueva Canciónの国際フェスティバル「Siete Días con el Pueblo」に参加、Luis Díasが作曲した「Obrero Acepta Mi Mano」が好評を博し、プロテスト・ソングとして歌われる。
 1978年、Luis DíasはConviteを離脱し、Gustavo Moré、Wellington Valenzuela、Carlos Fernández、Luis RuizとともにMadoraを結成。特に、ジャズと カリブ地域のフォルクローレの融合を試みる。1980年から82年の間はニューヨークでAmerican Museum of Natural Historyにおいてドミニカ音楽を教えた。1982年に帰国してドミニカ・ロックの形成に努め、Juan Francisco Ordoñez、Guy Felómeta、Héctor Santana、José Duluc、Bruno Ransonとともにバンド「Transporte Urbano」を結成。
 1983年にLuisは「Baila en la Calle」がヒット、1984年にはアルバム『Luis “Terror”Días』を発表、その中で「Ay Ombe」、「Liborio」、「La Porquería」がヒット。1986年にはSergio VargasやSonia SilvestreとともにUNESCOの「Los Niños Sin Padre」キャンペーンに協力。
1997年にサント・ドミンゴに戻り、Transporte Urbano時代の音楽のCD化に努めた。
2004年にはドミニカ政府によって「Patrimonio Cultural de la Nación」に指定される。2005年にはスペイン文化センターの依頼で、メレンゲ・バンドを結成し、アルバム『Luis Terror Días Merengues』を制作。2006年には「Baila en la Calle」のルフレイン部分を盗用したとしてShakiraやハイチのラッパーWyciefとの間に紛争が発生。2009年12月8日、サント・ドミンゴで心筋梗塞のため死亡。享年57歳。

La Gunguna
Ay Ombe
Liborio
Elena



Sonia Silvestre
(バチャータ歌手、1952年~2014年)
 1952年8月16日、ドミニカ共和国のSan Pedro de Macorís生まれ。誕生した病院は同地にあったが、誕生後はHato Mayor de Reyで11歳まで過ごす。1962年に家族はサント・ドミンゴに転住し、高校卒業後国立Pedro Hernández Ureña大学で教育学を、サントドミンゴ国立自治大学で言語学を学ぶ。この頃、ロックに関心を持ち、ベトナム反戦運動、パリにおける5月騒動、ヒッピー、カトリックの社会活動からも強い影響を受け、社会闘争を支持する姿勢を強めた。
 Soniaを音楽の世界に導いたのはCecilia Garcíaであった。1970年5月に教育学部所属の学生でありながらテレビ番組「Gente」で歌手としてデビューし、Los Hermanos Castroの曲「Yo Sin Ti」を歌った。その後、バンドLos Bemoisを伴って歌手活動を展開した。1971年にサントドミンゴで音楽芸術協会によって開催された第4回歌唱フェスティバルで作曲家のLeonor Porcella de Breaが「¿Dónde Podré Gritarte Que Te Quiero」の歌い手に選び、第2位に入賞したことから、デビュー・アルバム『Esta Es Sonia Silvestre』の発表に至る。
  Soniaは社会問題への関心が大きかったことから、Víctor Víctor、Tommy García,Luis Tómas Oviedo、Claudio Cohén、Carlos Francisco Elías、Soledad Álva1rezらが結成したNueva Canción 運動である「Nueva Forma」に参加し、1974年にサントドミンゴで開催され。Mercedes Sosaや Silvio Rodírguezが参加した「Soete Días Con El Pueblo」に参加、この際にキューバに招待されてVíctor Víctorらとキューバを訪問した。1986年にはリマで開催されたラテンアメリカ文化統合週間の間に開かれた「第1回Nueva Canción会合」に参加。
 1990年にアルバム『Yo Quiero Andar』を発表し、ドミニカ・ロックの創始者であるLuis Díaz と連携して都会風のバチャータを創造。1999年には演劇「Yo Fui Por Todas Partes」 を制作して上演、2000年には文化省のCasa de Cultura館長を務めた。2010年11月にはLuis Díazを追悼する「Mi Amigo El Terror」を制作。2014年4月19日、サントドミンゴ病院で脳溢血のため死亡。享年61歳。

¿Dónde Podré Gritarte Que Te Quiero
Yo quiero andar
Mi Corazón Te Seguirá
La Tarde Esta Llorando