ヌエバ・トローバ


※曲は全てYouTubeにリンクしています。


Silvio Rodrlíguez Domiínguez(1946~)
 1946年11月29日にキューバのハバナから26キロ南のサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスに生まれる。2014年現在までに549曲を作曲、20枚以上のアルバムを発表している。代表的なアルバムは、『Al Final de Este Viaje』(1978)、『Unicornio』(1982)、『Mujeres』(1978)、『Días y Flores』(1875)、『Pabo de Nube』(1980)。
 5歳の時に一家がハバナ市に転居し、7歳の時に父親がシルビオをラ・ミラグロサ音楽学院のピアノ教室に入れたが、短期間で止め、José Martíや Rubén Daríのo詩に関心を持つようになる。1959年1月のキューバ革命達成後、社会主義青年同盟やチェ・ゲバラが創設した革命青年団に入団。1961年には識字運動に参加してエスカンブライ山系において農民を対象に活動した。1963年に兵役に従事し、兵営内で最初に作曲活動を開始し、1964~65年に「Saudale」、「La Cascada」などを作曲した。
 1967年の兵役終了とともに、本格的な音楽活動を開始。同年11月から翌68年年王までテレビ番組「Mientras Tanto」の司会者として活躍、この番組を通じてその後ヌエバ・トローバの3人組となるPablo Milánesや Noel Vicola他、多くの若手芸術家と知り合う。1966年にはサンティアゴ・デ・クーバに設立された「La Casa de la Torova」の創設に参加。1969年にはICAICの肝いりで「Grupo de Experimentación Sonora de ICAIC(GESI)」を創設してヌエバ・トローバ運動の普及に従事、最初のEPアルバム「Pluma en Ristre」を発表。しかし、「Mientras Tonto」の中でビートルズに言及したことから司会者として解雇され、同年9月青年の船「Playa Girón」に乗船してキューバ各地やアフリカへの旅に出発。1970年2月にGESIでの音楽活動に復帰。
 1972年2月にはベルリンで初めての海外公演を実現、その後ソ連を訪問。同年、ミラネスとニコラととみにイサベル・パラを通じてチリ青年共産主義者同盟に招待されてチリを訪問しビクトル・ハラらのヌエバ・カンシオンのミュージシャンと交流。帰国後、GESIがビクトル・ハラやイサベル・パラをキューバに招待。1974年にはドミニカ共和国で開催された「ヌエバ・カンシオン7日間国際フェスティバル」に参加。
 1975年に最初のLPアルバム『Día y Flores』を発表、スペインやチリではフランコ独裁体制やチリ軍事独裁体制に批判的な曲「Días y Flores」や「Santiago de Chile」が削除されて『Te Doy Una Canción』に改名された。1976年にはアンゴラ兵役に従事、2回にわたり南ア軍との戦闘場面に直面した。アンゴラ兵役終了後、「Orquestra Afrocubana」や「Irakere」とともに多数の海外公演を実施、1978年にはフランコ後のスペインで『Al Final de este Viaje』を発表、1979年に『Mujeres』を発表、1980年にはキューバ革命20周年を記念して、フランク・フェルナンデスも参加した『Rabo de Nube』を発表(義妹Anabel Lópezが「te Amaré」を、イサベル・パラの娘Tita Paraが「Testamento」を歌う)。
1992に三部作となる『Silvio』、1994年に父親に捧げた『Rodríguez』、1996年に母親に捧げた『Domínguez』を、1998年には『Descartes』を発表した。最近では、『Expedición』(2002)、『Cita con Ángeles』(2003)、『Érase que se era』(2006)、『Segunda Cita』(2010)を発表している。

Qúe Hago Ahora
Y Nada Mäs
Canción Urgente para Nivaragua
Epistolario del Subdesarrollo
Déjame Regresar
En Besca del Tiempo Perdido
Días y Flores
Santiago de Chile



Pablo Milanés(1943~)
 1943年2月26日にキューバ東部のグランマ圏バヤモ市に生まれる。ハバナの市立音楽学院で学ぶ。音楽活動開始当時から、キューバの伝統音楽と1940年代のキューバに流行し始めたフィーリング(sentimennto)と称するジャズ等にも影響を受けた音楽スタイルを確立した。この時期、クアルテットのLos Bucanerosに入り、やがてソロ・ミュージッシャンの位置を固めていった。
 1965年頃にはフィーリングとヌエバ・トロバにまたがる音楽家として知られ、Los Bucanerosとは1966年まで協力関係を続け、1967年には兵役に従事したが、ベトナム戦争に刺激を受けてテーマに社会的な問題に取り上げることが多くなる。
 1968年、Casa de las AmericasでSilvio Rodríguezと初めてコンサートを催し、やがてシルビオとともにGrupo de Esperimentación Sonora(GESICAIC)の創設に参加して、1972年には彼とともにヌエバ・トローバを大衆音楽運動として成立させた。
 ミラネスは作曲家として、19600年代後半はソンやプロテスト・ソングのスタイルをとり、またGESICAICを通じて映画製作家の育成にも努め、この時期に「Yo No Te Pido」、「Los Años Mozos」、「Cuba Va」、「Hoy la Vi」、「Yolanda」、「Mi Me Pidas」、「Los Caminos」、「Poble del Cantor」、「Hombre Que Vas Creciendo」、「Yo PisaréLas Calles NUevamente」などを作曲した。
 ミラネスは1980年代初めにGESICAICで協働した友人たちと固有のグループを形成し、内容的には強い社会性をテーマをしながらも多数のジャンルにまたがった音楽活動を展開した。最も重要なアルバムは多くの友人が参加hした『Querido Pablo』であり、2001年にも他の友人たちが参加して再び『Querido Pablo』が制作された。2005年にはÁngel Belén監督が制作した映画『Siempre Habana』の挿入曲の多くを作曲した。
 ミラネスは現在、革命を擁護する姿勢を継続しつつも、人権問題等に関しては人権抑圧に批判的な発言を行っている。

Yolanda
Yo me quedo
Amo a esta isla
Breve espacio en que no estás
Para vivir
Cuánto gané cuánto perdí



Noel Nicola(1946~2005)
 1946年10月7日に、ハバナに生まれる。父親Isaac Nicolaはキューバ・ギター学院の教員、母親Eva del Carmen Reyes Sterlichはバイオリン奏者、叔母Clara Nicolaもギター教師、祖父母も音楽関係者であるなど音楽一家に生まれる。13歳の時から作曲を始める。
 1968年2月18日にCsasa de las AméricasにおいてSilvio Rodríguezや Pablo Milánesともにリサイタルを催しヌエバ・トローバ運動を開始し、1972年から1977年までその先駆者的位置を占める。その後、GESICAICに加わり、1974年にはシルビオ・ロドリゲスとともにドミニカ共和国で開催された国際7日間フェスティバルに参加、ヌエバ・トローバを海外に紹介する最初の機会をなる。2005年、ハバナにて癌にて死亡。

Comienzo el día
Así como soy
*Lejanías
Soy y no soy el mismo



Amaury Pérez(1953年~)
 1953年12月26日、キューバのハバナ市内のEl Vedado生まれ。1歳の頃にテレビ・コマーシャルに出演。青年時代から作曲を始める。キューバ芸術・映画産業院(ICAIC)に勤務。チリのアジェンデ政権崩壊後、同政権に連帯して「Andes los Que Andes」を制作。ICAIC退職後、デビュー・アルバム『Acuérdate de Abril』を発表。
 1980年代に「ヌエバ・トローバ運動から追放され、そのため一時的に制作・公演活動を停止したが、その後批判を受け入れ、1989年代半ばに海外公演を再開し、2枚目のアルバム『De Vuelta』を発表。1990年代初頭にアルバム『Encuentros』を発表、シルビオ・トロリゲスとのデュエット曲も含まれていた。その後、アルバム『Navidad Retrato de 』を制作、1990年代末には映画作品との協力を連発、その他ヒット曲に「Equilibrio」、「Solo en Septiembre」、「Algo Común」、「Juglar」。

Hacerte Venir
Cuando no estés con él
Aguas
Acuérdate de Abril
Encuentros



Vicente Feliú(1947年~)
 1947年11月11日、キューバのハバナ生まれ。1964年から作曲活動開始。1972年にヌエバ・」トローバ運動の結成に参加。歌手Santiago Feliúの兄。現在Canto de Todos 文化センター代表。

Creéme
Cuando Vuelva Esta Vez Del Mar
De otra manera
El Colibrí



Sara González(1949~2012)
 1949年(もしくは1951年)7月13日、キューバののハバナ生まれ。1960年代にAmadeo Roldán音楽学校でヴィオラ演奏を学び、後に国立音楽教員学校を卒業。ヌエバ・トローバ運動創設に参加。ICAICのGrupo de Eventaritación Sonoraに所属。1973年に「Jirón la Victoria」を制作。

Girón, la Victoria
Su Nombre El Pueblo
Andes Lo Que Andes
Yo Soy un Hombre Sincero...



Augusto Blanca(1945年~)
 1945年、キューバ東部のオルギン県バネス生まれ。ヌエバ・トローバ運動に参加。トローバを「劇場」や「子どもの世界」を結合して、「Teatrova」と名付けた運動を開発した。

A Golpe de Canción
Regalo
Mayo